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弊社は本業は液晶の制御装置や防犯監視カメラの製造ですが、クリアーボイスは私の生活の中から滲み出た願いから生まれたものです。
私の母の耳が不自由となり家族との会話も徐々に減ってきて、親子の意思疎通がうまくいかなくなったことが直接のきっかけでした。 「もっと話がしたい、少し前のように母に自由に話をしたり聞いたりしてほしい。」という切なる願いがありましたが、何をどのようにすれば良くなるのか、医 者を選んだ方が良いのかいろいろと考えた末に「私が母の使いやすい聞こえを助ける機械を作ってみれば良いんじゃないか。」と考えました。
母は当時あった補聴器は使いづらく煩わしさだけが先行し、また故障もあったことから使いたがりませんでした。 そのことも「私自身が作って、母が気楽に使ってくれるようなものを創りだしてみよう。」という意欲につながったのも事実です。
ある日、考え事をしている最中にふと「耳に入れて使うものではなく、音を増幅させるスピーカーのような機器が良いのではないか!」とひらめきました。
そこで本業で使っている得意分野のプリント基板にスピーカーと電源を備えた簡単な試作品をダンボールで作り、母親の耳に当て呼びかけたところ「おぉ、よぅ聞こえるで!」と御国訛りの嬉しそうな母の弾んだ声が聞こえました。 私はこれまでどおりの母との会話が帰ってきたこと、母の弾んだ声に目頭が熱くなったことを忘れることができません。
本格的に試作機から汎用機の開発に乗り出しましたが、製品の完成を待つことなく98年3月に母が他界いたしました。

母

故郷 滋賀の霊峰 伊吹山
この機械を使わせてやりたかった、おしゃべりな母がもっと喜ぶところが見たかった、そんな思いに駆られつつ、開発を進め、翌年1号機が完成しました。
「クリアーボイス」と名づけられた商品化第1号機は、クリアーボイスの産みの親でもある母の仏前に供えました。
毎日、仏壇に手を合わせるたびにクリアーボイスを思いつき、開発に余念のなかった頃のことを思い出します。
私にとっても会社にとってもこの商品は大きな転機を作ってくれました。天からきっと母が励ましてくれているような気がします。
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これがクリアーボイスの最初の形となったダンボール製の試作機です。

段ボール製の1号機・2号機
母の耳に私の声が届きました
母に使ってもらって、その効果を確かめることができた私にとっては忘れることのできないものです。 この試作機でのテストがうまく行っていなかったら、クリアーボイスはこの世には生まれてきませんでした。
この試作機はダンボールの箱の中に小型のマイクと再生用の小型スピーカーを入れたものですが、使いやすい大きさ、重さを決定するまでには大きさと能力の兼ね合いをどのようにするか、という問題に何度もぶつかりました。
参考になったのは開発当時爆発的に普及してきた携帯電話でした。
移動電話などの名称で呼ばれた開発当初のものは巨大で重く、とても携帯することなど考えられなかったものが数年間でポケットに入れているのをすっかり忘れるほど小型化しました。
目標は携帯電話のサイズを超えないことの一点に絞られました。

市販の携帯電話を
元に作られた3号機
小さな筐体に基板、電池、スピーカー、スイッチを取り付けただけのシンプルな作り。
スイッチを工夫し、握ればオン、話すと自動にオフになる構造で、「声を聞きたい時に耳元までもっていけばすでに電源が入っている」という、誰でも違和感なくスムーズに使ってくれる仕組みを目指して開発をすすめました。
早速、試作品を近所の人や親戚の人に使ってもらい、感想を聞くと、「こんなものが欲しかった」「これなら買いたい」などと皆一様に高い評価を得ることができました。
矢継ぎ早に2号機、3号機と試作を進めていきましたが金型は使わず、既存の携帯電話を流用するなどして極力低コストで開発を行いました。
数々の試行錯誤の結果として1999年、クリアーボイスを初めて世に送り出しました。
当初は高齢者向けに開発しましたが、クリアーボイスが出回るにつれて、いろいろな使い方があることに気がつきました。
例えば役所や銀行などの受付に用意し、必要な場合に使ってもらう。また、訪問介護のヘルパーなどが携帯し、耳の遠い方の耳元に近づけてから話しかける など。
いろいろな場所で、いろいろな状況で「クリアーボイスが」必要とされていることを感じました。
想いが結実しました
発売以降、徐々に「クリアーボイス」は評価をいただくようになり、神奈川県川崎市の敬老祝いの記念品に選定していただき、また 川崎の起業家ビジネスアイデア グランプリ大賞のをいただくことができました。
はからずもこのような賞をいただき、一層の励みになっています。
2002年には、活動的なお年寄りに向けて、両手が自由に使えるヘッドホンタイプの音声拡聴器「ボイスカムバック」も商品化することができました。
これまで、下請け中心だった弊社ですが、母への想いがきっかけとなり、「クリアーボイス」が生まれ、メーカーとしての脱皮を果たすことができました。
このように、お客様が見える最終商品を持つこともでき、"ものづくり"の楽しさをひしひしと感じています。
これからも医療器や介護関係の製品開発にチャレンジしていきたいと思います。
代表取締役 松田正雄




